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亡き友 近藤均への手紙
均さん
2001年、二期会オペレッタ研究会発足時の運営委員の一人であり、
私の40年来の友人である近藤 均が、4月26日にすい臓ガンで亡くなりました。61歳でした。
数々の舞台に共に立ち苦楽を共にして来た親友に、最後の手紙として私の今の思いを記します。


近藤 均様

前略

均と久し振りに会ったのは去年の6月、平野忠彦先生のお通夜の日、
大塚の駅に向かう道だったよな。
あまりの激ヤセに尋ねると「糖尿病でさ」と顔の表情も変えずに答えた。
違うなって思ったけど一応信じた。いや、信じたつもりでいた。
それから糖尿病の均に浜松のうなぎを送ったらメールがあって、とても元気な様子だったよな。
そして均からは秋田の稲庭うどんが届いて、食べ方まで細かく書いてあってその通りに食べたら本当に美味しかった。
こんな事がきっかけで、また色々と話をする事が出来たらいいなと思っていたら、
5月3日の奥さんからの電話。体が氷ついた感じはいつ以来だったろうな…泣いたよ!!
一ヶ月位前から何度も携帯を手に取り、奥さんと話せば何かわかるのでは ないかと思った。
虫の知らせだったのか…。

それから悲しみを引きずった。コンサートで予定していた曲が歌えない。
「心の瞳」は真っ先に外した。「ビリーブ」は何とか歌ったけどね。
でも、次のコンサートでは「花」を歌うぞぉ~!!「川は流れてどこどこ行くの~」均の歌い回しを思い出しながら、涙こらえて歌ってみせる。
そんな事しか出来ないけど許してくれよ。
何故って、均が何もしないでくれって遺言残すからみんな困ってるぞ。
だから「花」を歌って天国の均に届けるぞ。献花の代わりだからな。
それと、5月16日にオペレッタ研究会で均を偲ぶ会を、高田馬場の中華レストランで開いた。
川西先生、石井ちゃん、進も来てくれたよ。
均のヒストリーDVDも流して…そこには懐かしい顔ぶれが登場して いたよ。
偲ぶ会は三時間、均の思い出話で花が咲き、大笑いや涙ぐむやら…でもお通夜の様に暗くはならなかった。
一応当たり障りのない所で過去話は終わっておいたから安心しな。
進には色々手伝って貰おうと思う。まだ話してないけど協力してくれると思う。
学生時代から三人で歌の世界で活動出来た事は本当に幸せだったと思う。

栗山先生にも電話して均の事話しておいた。「電話くれてありがとう」って言われた。
「均の事、思い出して下さい」と言ったら「黒田君はまだ頑張らなければいけない」と、逆にはっぱかけられたよ。
相変わらずだね、先生は。

連絡を受けて二週間が過ぎた。
均の遺影は黒田家の遺影群の中に入れた。
親父の葬式にも、弟の葬式にも来てくれた均だから、俺の家族 の中に入れてもいいよな。
天国で俺の家族もよろしくな!

そして、オペレッタ座の事も見守ってくれよな。
今年、新人さんと出戻りが入って少し賑やかになったぞ。
「均よぉ~」って呼ぶ事が出来ない寂しさはまだあるけれど、俺はもう少しこの世で頑張ってみるわ。
言いたい事を言い、下ネタを大きな声で叫び、好きな歌を歌い続けるから天国で応援してくれよな。
また、会おう!

追伸
ポテトチップとコーラの飲み過ぎには気を付けて!!


黒田晋也
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